目白からの便り

スペシャルオリンピクス チャリティコンサート

10月の中旬、親しい友人に声をかけていただき、紀尾井ホールで開催されたスペシャルオリンピック日本・東京 主催のチャリティーコンサートを観賞する機会を得た。紀尾井ホールは、JR四ツ谷駅から上智大学を左手に外堀の土手沿いをしばらく歩くとたどり着く。コンサートはバイオリン奏者の水谷川優子さんが司会と演奏を務められ、多くの著名な演奏家の方々がこのチャリティーコンサートの趣旨に賛同し、集まり演奏されていた。

皆さんはスペシャルオリンピックというのをご存知であろうか。知的に発達障害のある人の自立や、社会参加を促し、環境を整えていくことを目的として、日常的なスポーツプログラムや練習の成果発表の場として競技会の場を提供する国際的なスポーツ組織である。

1962年に米国のジョン・ケネディ氏の妹、ユネス・ケネディ・シュライバー氏が自宅の庭を解放して行ったのが始まった。日本では1980年にジャパンスペシャルオリンピック委員会の設立が起源になっているが、一度解散され、現在のスペシャルオリンピック日本は1993年に細川佳代子理事長のもと再発足した。

私は、知的障害者とのご縁はスポーツではなく、今から35年ほど前に雇用の場として関係を持つことになった。障害者雇用の担当になった時に当時勤務をしていたセイコーエプソンにおいて、それまで社内で雇用実績がなかった知的障碍者の雇用の職場を新たに創出することが社会的貢献であるとの方針で、知的障害者雇用の専門工場を設立して積極的に推進していくというプロジェクトに携わった。工場設立には、重度障害者多数雇用事業所施設設置等助成金を活用した。

当時はまだ社内では、知的障害者の専門工場を設立し、運営するという経験がなかったので、長野県職業安定課の方々や知的障害者の支援組織である「長野県手をつなぐ親の会」の関係者の方々のお力など、多方面のご支援を受けながら進めた当時の風景を静かで荘厳な紀尾井ホールの座席に身を任せながら思い出す。その時、労働省から長野県職業安定課長として出向していた方とは大学教員の友人のご縁で再び親しくお仕事でもご一緒させていただいている。今から30年前、私がちょうど30歳くらいの時のことである。

障害のある方の雇用の場を創出することは、当時30歳そこそこの私にとっては大変なチャレンジであったが、こうした雇用の場を設立するプロセスにおいて、多くの人たちの暖かな善意ある協力を得られることにより自分自身が人間的にも成長した貴重な経験となった。

企業が担う障害者雇用に関する法律である、「障害者の雇用の促進等に関する法律」で定められた企業が雇用する従業員数に比例して障害者を雇用しなければならない法定雇用率は年々上昇し、現在は2.5%だが、2026年7月には、2.7%に引き上げられる予定である。企業は法定雇用率の数値を確保することだけでなく、人事的には、ノーマライゼーションの考えに基づき、いかに働く現場で健常者と障害者が共生していく環境を双方の人づくりも含めて、仕上げていくことが大切なことである。

こうした取り組みや働く人たちの多様化を受容する深い理解は、障害者雇用だけの問題ではなく、様々な環境下に置かれた人たちを深く理解し、補い合って働くことの価値を学ぶ機会でもある。チャリティーコンサートを通じた啓蒙や普及活動が続けられることによって、障害を持つ方々との日常的な接点の機会により、相互の理解が深まる環境が少しずつでも広がっていければと願う。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2024年11月1日  竹内上人

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